「日中友好の懸け橋」を目指して
11年前、私が始めて日本を訪れる際、日本語学校に入学するために書いた入学願書に「将来は日中友好の懸け橋になりたい」と書いた記憶があります。しかし、その時点では懸け橋になるために具体的に何をすればいいのかまでは考えていませんでした。
その後、明晴で始めて中国威海市に日本語学校を設立することとなり、最初は机の塗装からカリキュラム作りまで、何もかもが一からのスタートでした。その時にスタッフと3名の日本人教師が家族以上に理解を示してくれ、助けてくれた結果、今の明晴が成り立っているのだと実感しています。そのやさしさは一生忘れません。そしてこの「思いやり」こそが今の明晴の原点ともなっています。
中国と日本の文化を理解した上で、人を思いやり、人とコミュニケーションをとる、そして人を助ける。これこそ、日中友好の懸け橋になることではないのでしょうか。 |